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日高村で“写真家/ダンサー×農家”に。集めた村史や風景を、表現に落とし込んでいきたい。

2023.06.08

辻本佳/Kei Tujimoto
tujimoto_01.jpgMulti-disciplinary artist(ダンサー・振付家・現代美術)
三重県出身。5歳から20歳まで柔道を学ぶ。09’-13’カーン国立振付センターCompany FATTOUMI LAMOULEUX“Just to dance…”に参加。Monochrome Circus、あごうさとし、やなぎみわ、康本雅子、井田亜彩美、などとのコラボレーションを継続的に行なっている。
故郷である紀州熊野でフィールドワークを行い、自然物、音、写真、身体感覚を収集し、自らの身体を媒介として扱い舞台上で再構築することで作品を制作している。『Field Pray』と題して、『#1どうすれば美しい運動が生まれるか』『#2擬態と遡行』『#3泥炭地』を発表。国際芸術祭などへも参加している。
2021年2月に新作『洞』をTHEATER E9 KYOTOにて上演、同名写真作品シリーズを発表し、好評を博す。2021年4月に舞台芸術、現代芸術の普及発展に貢献することを目的とし、『つじもとけい事務所』を設立、代表を務める。8月には、WITHコロナにおける作品のあり方を探る滞在制作作品辻本佳『渠』シリーズ(主催:つじもとけい事務所)を、京都府八木市、長野県茅野市、京都府京都市にて展示、公演を行う。

日高村ではぶどう兼いちご農家の柏井農園に2週間滞在し、“写真家/ダンサー×農家”として活動を行った。

Q:全国大会に出るほどの実力があった柔道から、ダンスに転向されたとのことですが、転向したきっかけを教えてください。
A:追い込んで練習すれば、自分はこれくらいのレベルになれるって分かって柔道には満足したんです。

人とちょっと変わっていて“柔道が好き”というよりは、“実験するのが好き”だったんです。小学校の時から「効率的に練習して、成績が伸びるか」だけを突き詰めて、常に練習をしていました。で、気がついたら全国大会に出場していた感覚でした。

「死ぬほど練習すれば、自分は全国レベルになれる」って分かった時、もう柔道には満足しちゃったので、20歳の時に怪我をしたのをきっかけに柔道の世界を離れました。あと思春期の男の子だったので、モテたかった(笑)僕の中でダンスってモテるイメージがあったので…柔道をやめると同時にダンスへ転向しました。

Q:ダンスにもいろんなジャンルがある中で、コンテンポラリーダンスを選んだ理由は何ですか?
A:勝つために技をつきつめていく柔道とは、考え方が根本から違うのが新鮮で面白かった。

ダンスを始めようと思った時、まずは大学のストリートダンスサークルに入りました。でも、ストリートダンスは自分に合っていないと思っていた時に、たまたまコンテンポラリーダンスのクラスを短期で受けることになったんです。

朝10時から夜の9時半まで、1日約10時間みっちりと踊り、授業後は先生と呑みにいくという生活を2週間してました。その呑みの場で先生たちに「どうしてダンスをするのか」「何をダンスで表現しているのか」といろいろな話を聞いて「コンテンポラリーダンスの世界はおもしろい!」と思ったんです。

子どもの時からやっていた柔道は勝負の世界で、勝つために技をつきつめていく。でも、コンテンポラリーダンスは何かを表現するために、技術をつきつめていく。考え方が根本から違いました。僕が今まで知っている世界とかけ離れているのがとても新鮮で、おもしろいと思いました。

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Q:辻本さんがAIRに参加しようと思ったきっかけを教えてください。
A:自分がおもしろいと思うことを体験して、刺激を受け続けたい。

もともと“アーティスト・イン・レジデンス”としてではなく、ただ知りたいという純粋な気持ちから、いろんな地域に行って、情報集めをしていました。いわば、夏休みの自由研究みたいな感じ。どうしても自分の中からずっとアイディアが出続けるわけではないので、自分がおもしろいと思うことを体験して、刺激を受け続けたいんです。

最初は、自分の家の歴史について調べました。うちの母方は約800年前(室町時代)から、代々続いている土地に住んでいるのですが、家の歴史は全く知らなかったので興味を持ったんです。
教科書や本には載っていない、そこに住んでいる人しかしらないような歴史を教えてもらい、話を繋いでいく。すると自分の中に“新しい”歴史ができ、見えてくるものが変わっていくのが、おもしろかったんです。

地元の歴史を調べた後は、京都府南丹市の酒蔵、長野県茅野市にある200年前から天然寒天を作っている寒天村、奈良県吉野市という林業が盛んな地域など、いろんな所に行きました。滞在して集めた歴史、文化、風景の写真などを表現に落とし込んで公演をしています。だから地方に2週間も滞在して地域の人に話を聞くことができ、宿泊施設まで手配してもらえるAIRは、私がやりたいことにぴったりでした。

●「渠♯八木 」2021年8月公演 場所:八木酒造tujimoto_03.jpg●「渠♯茅野」 2021年10月 場所:宮川かんてんぐらtujimoto_04.jpg

Q:いろいろな選択肢がある中で、日高村を選んだ理由は何だったのでしょう?
A:高知は行きたいリストに入っていたし、地域の人と一緒に働けることに魅力を感じた。

次に行く場所を探していた時に、たまたま日高村のAIRの記事を誰かがシェアしていたのを見つけました。もともと友達に高知はおすすめされて、行きたいリストに入っていたので、いい機会だなと思ったんです。
あと、地域の人と一緒に働けることに魅力を感じました。今まではAIRではなく地域に個人的に滞在していたので、散歩をしている人とかに声をかけて、お話しを聞かせてもらったりしていたんです。でも日高村のAIRとして高知に滞在し一緒に働けば、自然と地域の人に出会えるじゃないですか。しかも、行きたかった高知に行けるなんて「ラッキー!」って、急いで応募しました(笑)


Q:辻本さんが歴史や文化に興味を持ち、フィールドワークをしている理由を教えてください。
A:“ただダンスが上手ければそれでいい”わけではない、フランスのダンサーから大きな刺激を受けたから。

2009年私がダンスを始めて3年が経った頃、カーン国立振付センターCompany FATTOUMI LAMOULEUX「Just to dance...」が日本人の演者を募集していたのでフランスに渡りました。そこで刺激を受けたのが大きな理由です。

フランスのダンサーたちは“ただダンスが上手ければそれでいい”わけではなく、みんな経済や歴史、哲学などの本を読んでいて知的でした。会話のなかで、日本の経済状況や歴史について、よく聞かれるのですが私は言葉にできなかったんです。

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ダンサーに必要なのは、ただダンスの上手さだけではない。それを目の当たりにしてから、私の中でダンサーに対する大きな基準が形成されました。それからダンスの練習をするだけではなく、たくさん本を読むようになったんです。

今、いろんな場所に行ってフィールドワークをしているのは、論文や本を読んでいるだけではわからないことを、現地に行って話を聞き調査をするのが好きだから。大学生の時も自分の研究室だけではなく、隣の研究室にも付いて行ってフィールドワークをしてました(笑)


Q:実際に日高村ではどのように過ごされていましたか?
A:ぶどう兼いちご農家さんのお手伝いや、図書館や地域の人に話を聞いて調査をしてました。

ぶどう兼いちご農家の柏井さんのところで、お手伝いをしました。具体的には落ち葉の掃除、台風の影響を受けたビニールハウスの修復の手伝い、ぶどうの木の手入れ、ぶどうの収穫の見学などです。あと本当はいちごの苗の定植作業をする予定だったのですが、台風のため延期になってしまったので、できなかったのは残念でした。来るときも台風で、帰りも台風。9月の高知を感じました(笑)

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お手伝いがない日は、自転車や車でいろいろな道を走り回って、公演できそうな建物を探したり、育てられている農作物を見たり、図書館に行って調査をしたり、地域の人にお話しを聞きに行ったり、道端の岩や風景の写真を撮ったりと、かなり自由に過ごしていました。

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Q:日高村について調べていて、面白い内容はありましたか?
A:村史を知った上で、日高村を見ると面白かった。

日高村の村史を図書館で読んだのが面白かったです。日高村に通っている大きな国道33号線を作るときに、村議会と県議会が対立したとか。国道33号線と鉄道ができるまでは、民家は山の方にばかり立っていて、平地は耕作地しかなかったとか。日下川の下流で水没があったとか。
そんな歴史を経て、今の日高村が形成されたんだという視点で村を見ていくと、解像度が上がってとても面白かったです。

Q:今後、日高村にはまた来たいですか?
A:また来たいです。何年後かに、日高村で公演もできたら。

日高村では25年も前からハーブ農業をやっている方が、今もなお新しい先進的な技術を導入していたり、そういう方が新規参入農家さんに技術や販路を教えてあげているという話を聞きました。

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また私自身も滞在中には村の方から、歴史や文化、村の生活など様々なことを教わり、とても有意義な日々を送ることができました。村民は新しいことや、外からやって来た人に対してオープンで、受け入れてくれる器の大きさを感じたので、また日高村に来て公演をしたいと思っています。

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