【グッドデザイン賞受賞特別企画】 審査員の田中元子さんにきく、みんなが“うっかり”楽しくなる街づくりとは。
2024.01.15
「いきつけいなか」が、2023年度のユニット18「地域の取り組み・活動」部門にてグッドデザイン賞を受賞しました。それを記念した特別インタビュー企画「グッドデザイン賞の審査員にきく」。
今回お話しを伺ったのは、2022年から2年連続でグッドデザイン賞の審査員を務めていた田中元子さん。ご自身も2018年にプロデュースしオープンした「喫茶ランドリー」が、グッドデザイン特別賞グッドフォーカス「地域社会デザイン」賞を受賞されています。
「どんな人にも自由なくつろぎ」をコンセプトに地域に開いた喫茶店としてオープンした「喫茶ランドリー」をつくったきっかけ、また今回のグッドデザイン賞の審査についてお話しをうかがいました。
田中元子(たなか もとこ)
茨城県生まれ。独学で建築を学ぶ。2016年に「1階づくりはまちづくり」をモットーに株式会社グランドレベルを設立。2018年に墨田区の住宅街のマンションの一階に「喫茶ランドリー」をオープンし、グッドデザイン特別賞グッドフォーカス「地域社会デザイン」賞を受賞した。その後、数多くの街の“1階”をプロデュースをし、「1階革命」を行っている。2022年から2年連続でグッドデザイン賞「地域の取り組み・活動」部門の審査員を務めている。
建物の1階が変われば、人が変わる。
人が変われば、街が変わる。
———田中さんは建築やデザインと人々をつなぐ建築コミュニケーターとして活動されていますが、田中さんの取り組みのひとつ、「1階革命」についてまず教えていただけますか?
田中さん:簡単に言うと「“うっかり”人に優しくなるし、楽しくなる街」を設計する取り組みです。
人は周りの環境によって、コンディションが大きく左右されています。例えば、殺風景な場所では、恋はなかなか生まれません。しかし、夜景を見ながら海辺を歩くようないいムードに人は包まれると、恋が動き出すのと一緒です(笑)。
そんな風に人を取り巻く環境を変えることによって、人が人に優しくしたくなったり、日常をちょっと楽しくすることができる、と私は思っています。
「“うっかり”人に優しくなるし、楽しくなる」環境をつくれば、その街で暮らしている人は変わる。人が変われば、街が変わる。そういう視点で街の1階をプロデュースしていくのが「1階革命」です。
「無料でコーヒー配ったら、相手はどんな顔するだろう」
っていたずらをするくらいの気持ちで始めた。
———街の建物の1階に注目するきっかけは何だったのですか?
田中さん:街の建物の1階に注目するようになったのは、何気なく始めた「フリーコーヒー」がきっかけ。コーヒースタンドの屋台を持って街中を歩き回り、手当たり次第に人に声をかけて、無料でコーヒーを配っていました。
それは「何かのためにやっている」という目的意識はなくて、「街ゆく人に無料でコーヒーを配ってみたら、相手はどんな顔をするだろう」というイタズラ心で始めたことでした。サラリーマンや高校生、子ども連れの家族。今まで接点がなかった不特定多数の人と会えることが、とにかくおもしろかったんです。たくさんの人に会えば会うほど、この世の中におもしろくない人なんていないんだ、と思いましたね。
そうやって屋台で街を回っているうちに、もっと多くの人に足を止めてもらうためには、どうしたらいいだろうと考えるようになりました。そこで屋台にガチャガチャした飾り付けをしてみたんです。ほんのちょっとしたことだったのですが、おもしろがって屋台の前で足を止めてくれる人が増えました。
その時に気がついたのが“街の1階”の重要性でした。建物の1階は街を歩いている人と、一番接点が多いところです。コーヒーの屋台と一緒で、そこに魅力がなければ、人はただ歩き去っていくだけになってしまいます。けれど、1階で少しでも興味を引くことができれば、足を止めて建物の中に入る人もいるかもしれないし、もっと楽しく街を歩く人も増えるんじゃないか。
逆に言えば、1階だけは大事につくらなければ、街全体に悪い影響を与えてしまうことになるだろう、と思ったんです。
「1階づくりはまちづくり」がモットー。
———そこで設立されたのが、「1階づくりはまちづくり」がモットーである、株式会社グランドレベルなんですね。
田中さん:そうですね。株式会社グランドレベルを立ち上げた当時、何か案件があった訳でも、取引先が決まっていた訳でもなかったのですが、「1階づくりは社会にとって必ず必要になる」と信じていきなり会社を設立しました。当時周りの人に「1階づくりはまちづくりにつながる。私は1階の専門家になる!」と1階の重要性を語っていたのですが、全く共感されませんでしたね。
かつて、建物は「タワーマンションの最上階に住んでいるんだ」みたいに権威を示すための手段だったので、「建物が街の人にどのような影響を与えるだろうか」と考えられるようになったのは最近のことなんです。しかし会社を立ち上げた当時、海外ではすでに街の1階の重要性が見直される動きがあったようなんですよね。今、時代の流れを振り返ると、私が会社を立ち上げた2016年ごろが世界で同時多発的に、街の1階づくりに取り組むべきタイミングだったんだと思います。
会社を設立して、至るところで1階の重要性を語り続けているうちに、だんだんと「タワーマンションの1階をマンションの住民以外の地域の人も使える場所にしたいから、プロデュースしてくれない?」「これからの商店街の活用方法をどうしようか相談に乗ってくれない?」などと声をかけていただけるようになりました。
———そして、会社設立から2年後に田中さんがプロデュースしてつくったのが「喫茶ランドリー」でした。東京・墨田区のマンションの1階につくったこの「喫茶ランドリー」は、街の人たちにとってどのような場所になっているのでしょうか?
田中さん:「喫茶ランドリー」は「どんな人にも自由なくつろぎ」がモットーの洗濯機・乾燥機を備えた喫茶店です。洗濯をしに来た人がいたり、お散歩がてらコーヒーを飲みに来た人がいたり、本をゆったりと読みに来る人がいたり、刺繍のワークショップを主催して開催している人がいたり。多様な人が、自由に集まる場所になっています。
また「喫茶ランドリー」のスタッフには、接客のマニュアルをつくっていません。スタッフがのびのびと、その人らしい接客をしてもらっています。人間はみんな同じではなく、個性がある。決められたルールに則っていつでも誰でも同じ接客をすることを「喫茶ランドリー」は求めていません。
だから、その日その場に集まったお客さんやスタッフによってお店の雰囲気は変わるし、その場所をどのように使うのかも、その時に集まった人たちに委ねられています。
———なるほど、「喫茶ランドリー」は街に住むいろんな世代のいろんなバックグラウンドをもった人が、自由に集まり交流する場になっているんですね。
田中さん:そうですね。「喫茶ランドリー」は、言わば私的公民館。行政がつくる公共施設は誰からも文句がでないように、みんなのことを慮(おもんばか)ってつくります。そのため、できる限り誰が使っても同じように使えるように、属人性を配してつくられていますが、「喫茶ランドリー」は属人性を全面に出した公共施設です。
その人らしさが見えて、ちょっと癖があるものでないと、人に好きになってもらうことってできないと思っています。属人性を排除しすぎた施設は、つくったはいいけど結局誰にも使われないものになってしまいます。そうではなく、誰でも集いたくなる公共的な空間にしようと意識しながら「喫茶ランドリー」をつくりました。
役割も肩書きも全て剥がされた
“人間”としての時間を持つ重要性。
———「喫茶ランドリー」は2018年にグッドデザイン特別賞グッドフォーカス「地域社会デザイン」賞を受賞しました。その時にはどんなことを思いましたか?
田中さん:応募の動機が、スタッフやお客さん、お隣さん、地域の方々も含めて、みんなが喜んでくれるかな、ということだったので、本当にありがたかったです。
「喫茶ランドリー」ではこれまでデザインだと思われていたものと違ったことをしているつもりだったので、それを少しでもお伝えし、デザインについて問いたかった。洗練させるだけでなく、かといって粗末ではないものを目指し、設計やデザインから食器類の選定まで、今回目的とする質のコミュニケーションが誘発されること、風景や在り方が実現されるために徹底的にやったので、応募には意義を感じていました。
この喫茶店が問いかけたり目指したりしていること、すこしでも実現してきたことをデザインとして扱って頂けて、本当にうれしく思っています。
———2022年からは2年連続でグッドデザイン賞「地域の取り組み・活動」部門の審査員を務められました。審査員を務めるにあたっては、どのような意識、どのような視点を持って臨まれましたか?
田中さん:「地域の取り組み・活動」部門では「今後何年も継続していける取り組みか」という視点を持っていました。
正直に言うと、最近は地域をフィールドにした活動がブームになっており、グッドデザイン賞の申し込み作品数も増えています。そんな中まだ実働はしておらず、これから取り組もうとしている活動の申し込みも多く見られました。
もし実現したら確かに、いい活動かもしれない。しかし、それは本当に実現できるのか。実現できたとして、地域や社会にどのような効果を与えるのかは、実際に取り組んでみなければ見えてきません。何年か取り組んだ結果の効果が見えてきているもの、そして課題解決に向かって継続していける仕組みになっている取り組みを、グッドデザイン賞では高く評価しました。
———2023年は、我々の「いきつけいなか」も選出いただいたユニット18「地域の取り組み・活動」部門の審査を担当されましたが、印象に残った作品はなんでしたか?
田中さん:印象に残っているのは、させぼガレージの「8hours」(注)ですね。グッドデザイン賞の審査員の一人ひとりが個人的なお気に入りや注目した受賞デザインを選ぶ「私の選んだ一品」で、私が選出した作品です。
「8hours」とは、長崎県佐世保市の税理士ウィズランが本社ビル1階の駐車場で8時間で地元企業をテーマにした即興劇場を創り、当日中に上演するという取り組み。その即興劇場に参加するのは、地域の中小企業の社員から、一般公募で集まった小学生やお母さん、おじいちゃんまで様々です。
現代の日常生活では常に役割が与えられ、母親は母親として、会社員ならば会社員としての成果を出すことを求められます。役割も肩書きもない、人間としての時間を持つことは、ほとんどありません。
しかし、その即興劇場の時間は社会的に与えられている役割や肩書きが全て剥がされて、人間と人間の関わりが生まれるんです。「街にはいろんな人が暮らしている」という刺激をダイレクトに与えられ、働き方、生き方、人間としての在り方が問われます。そうやって新たな刺激を受けることによって、人間力が高まり、一人ひとりの自立へつながっていく。させぼガレージの「8hours」は現代の人間にとって、本質的に必要な活動だと思います。
「地域のために」とかは一旦置いておいて
自分らしく生きられる場所を見つけて
マジで自分がやりたいことをやって。
———田中さんの活動のお話しから、グッドデザイン賞の「私の選んだ一品」のお話しまで聞かせていただき、ありがとうございました。田中さんの「喫茶ランドリー」と「8hours」のお話し、どちらからも、人の多様性を認め一人ひとりが一番輝ける場所を大切にされていることがわかりました。最後に、これから地域で挑戦したいと思っている方へのメッセージをお願いします。
田中さん:マジで自分がやりたいことをやればいいんです。「地域のために」とかは、まずは考えなくていい。「自分がおもしろいからやりたい」と思ったこと以外をする時間なんて、人生にありません。
私は目標も、夢も、計画も持ったことがない。本当にやりたいことは、すでにやっていることだけだと思っています。「絵を描きたい! 画材を買おう」じゃなくて、本当に描きたいと思っている人は、きっと落ちている鉛筆を拾ってでも絵を描くんです。それに「失敗したら死ぬ」と思っている人が多いけど、基本的に失敗はない。最初から成功しようとか、正解にたどりつかなきゃとか思わなくていいので、まずは動いてみてください。
そして場所だって、東京でも地方でもどこでもいい。その地域にしかない人のリズム感やバイブスが自分に合っているのか、実際に足を運んで体感してみたらいいと思います。自分らしく生きられる場所を見つけて、マジで自分がやりたいことをやってください。
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