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【地域おこし協力隊卒業記】移住して1年でトマト農家として独立。「自分で決める人生を選んだ」

鳥取県出身の國森友基さんは、フルーツトマト農家として独立することを目指し、高知県日高村の地域おこし協力隊に着任しました。

現在は「ひだか村 國森農園」として独立し、フルーツトマトの栽培に取り組んでいます。今回は協力隊卒業後の暮らしや、これまでの歩みについてお話を伺いました。

Q:地域おこし協力隊として活動をしてみていかがでしたか?
農業のことを学んでいたら、あっという間でした。
正直、本当にあっという間でした。
というのも通常の地域おこし協力隊は3年間が任期なのですが、僕は協力隊として着任して1年ほどで独立したので、実際に協力隊として活動していた期間は1年半くらいなんです。

農業は全くの未経験だったので最初は四万十町にある農業担い手育成センターで2か月間基礎を学びました。その後、日高村の農業法人のもとで3年間研修する予定だったんですが、それが難しくなってしまって、近くのフルーツトマト農家さんのもとで1年間、片付けから定植、収穫まで一通り勉強させてもらいました。
栽培技術を学びながら、ハウスの契約やお金のこと、独立の準備も同時に進めていました。

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Q:活動して大変だったことは何ですか?
移住して4ヶ月で「独立する覚悟」を持つことでした
栽培を学ぶこと自体は毎日新鮮で、本当に楽しかったです。
ただ、個人事業主として独立する話が具体的になるにつれて、正直かなり不安でした。
移住して2ヶ月目には、「ハウスが空くから譲り受けないか」という話をいただいたんです。でも、まだ地域のこともよく分かっていないし、トマト農家さんとのつながりもほとんどない、何ならトマトを一度も栽培したことない状態でした。
それで数千万の借金をしてハウスを買うか、買わないかの選択をする必要があったんです(笑)。

この機会を逃したら今後ハウスが空くか分からない。もし中古が見つからず、フルーツトマトを育てられるスペックのハウスを、0から建てようと思ったら億単位のお金が必要になります。

「トマト農家になりたい」と思って移住してきたんですが、移住して数ヶ月で大きな決断をすることになるとは思っていなかったので、安定したお金が入ってこなくなる不安もありましたし、田舎暮らしや農業が自分に合っているかを考えるつもりだったので……。

でも移住前から友人や両親、妻の家族にも「農家としてやっていきたい」と話していて、途中でやめるという選択肢はなかったので、4ヶ月目にはハウスを買うとお返事をしました。

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Q:未経験から農業を始めることに、周囲の反対はありませんでしたか?
反対はされたけど「自分で決める人生」がやりたかった
両親からは少し反対というか、心配はされました。
農業で本当に食べていけるのか、お金を借りて大丈夫なのかという不安はあったと思います。
なので実際にハウスを見に来てもらったり、お金のことをしっかり説明して理解してもらえるように何度も話し合いをしました。

ただ、自分の中では反対されてもやると決めていました。
一番大きかったのは、「暮らしを変えたい」という気持ちだったんです。

会社員時代は、自分で決められることが意外と少なくて、上司に確認したり決裁をもらったりすることにたくさんの時間を使っていました。
気づけば、何のために仕事をしているのか分からなくなっていたんです。

夫婦で過ごす時間ももっと大切にしたかったですし、住む場所を変えるだけで同じ働き方を続けるのは違うなと思いました。

だから独立という選択をしました。

Q:協力隊でよかったなと思うことはありますか?
協力隊だったからこそ挑戦できたことがたくさんあります
今振り返ると、農業で独立するまでの流れを役場やJA、地域の農家さんたちが一緒に考えてくれたことが本当に大きかったと思います。

協力隊という立場があったからこそ、地域の人たちにも知ってもらえましたし、相談できる環境もありました。
先輩移住者の存在も心強かったですね。

自分で決断することが増えて大変なこともありますが、それも含めて自分が望んでいた生き方だったので、結果的には良かったと思っています。

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Q:協力隊を卒業してからどんな風に過ごしていますか?
移住前に描いていたような生活を送ることができています。
卒業してからも、もちろん大変なことはあります。
体力的にしんどい日もありますし、経営のプレッシャーを感じることもあります。
それでも、お客さんから「おいしかった」と言ってもらえたり、良心市で自分達のトマトが売れていくのを見ると、本当にうれしいんです。

オンラインショップで県外の友人が買ってくれることもありますし、商品を通して久しぶりにつながりが生まれるのもうれしいですね。
「美味しいね」と言ってもらえると、それまで悩んでいたことや疲れが一気に吹き飛びます。
友人からは「表情が変わった」「元気になった」と言われることも増えました。

朝日と一緒に起きて、日が暮れたら家に帰る。
そんな生活が自分には合っているんだと思います。
日高村の人たちはみんな距離が近く、親身になって話を聞いてくれる人が本当に多いですし、良心市をきっかけに地域の方との会話も生まれます。
いつも誰かが気にかけてくれている感覚がありますね。
そういうつながりに支えられていると感じています。

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Q:これからの目標を教えてください?
日高村で農業を続けることが一番の目標です
資材価格の高騰や販売価格の変動など、不安はたくさんあります。
だからこそ、良いトマトを作るだけではなく、販路を広げたり、売り方を工夫したりしながら経営を続けていかなければならないと思っています。
いつ崩れてもおかしくないという気持ちで、一作一作丁寧に向き合って、大切な人に届けたいと思える商品を作り続けられる仕組みを考えていきたいです。

そして何より、自分が楽しいと思えることを大切にしたいです。
無理をしすぎず、家族や地域とのつながりを大事にしながら長く農業を続けていきたいと思っています。

協力隊時代に出会った仲間たちも、それぞれの地域で頑張っています。
みんな経営者になって、同じような悩みを抱えながら前に進んでいる。
分野は違っても、その姿を見ると励まされます。
「この地域で生きていく」という覚悟を持った仲間がいることが本当にうれしいですね。

自分らしい暮らしを求めて移住し、農業という新たな挑戦を選んだ國森さん。日高村で築いた人とのつながりを力に、これからも國森農園の挑戦は続いていきます。

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